「総務やさん」第1056号
●罪を犯した出所者の就労定着率を高める秘訣はあるのか?
・・・・吉子 泰仁(よしこやすひと)
先日、NHKが「“ヤバい・エグい”は危険!?」というキャッチ―なタイトルで、現代社会における感情リテラシーの重要性を放送していました。ご覧になられた方もいるのではないでしょうか。
番組では、佐賀少年刑務所への取材を通じて、闇バイトに関わり刑に服している若者たちの多くが「感情をうまく表に出せない」問題を特集していました。
刑務所・少年院の収容者287人にアンケートを実施したところ、「自分の気持ちがわからない」に対しては“いつもそう・だいたいそう”が35.6%、「悩みを相談しない」と答えたのは57%だそうです。さらに、実行犯を集めるリクルーターは「感情を言語化できない子ほど扱いやすい」と証言していました。
現代では受け身の情報取得が多く、自分で言葉を生み出す機会が少なくなっています。特に最近のコミュニケーションツールは短文とスタンプが主流のため、「自分の感情を言葉で伝えない」という状況を加速させています。
また、ある調査によると1日2時間以上スマホを使用するようなスマホ依存の高校生は、語彙力が低下する傾向があるとのことです。法政大学教授渡辺弥生氏は「語彙が不足すると自分の気持ちを的確に表現できなくなり、他人の感情にも共感しにくくなる」と指摘していました。
再犯率の上昇が問題となっているなかで、先の佐賀少年刑務所は「6年間で再犯率はゼロ」という驚くべき成果をあげています。これは、「言葉のバブル」と呼ばれる教材を使った感情表現訓練を行っていることに関係しているようです。
例えば「怒り」の感情についても、イライラ、腹が立つ、激怒といった表現を用いて、感情の強さの違いや幅を学びます。そして自己の感情を表現する力が育つと、自己認知により衝動的な行動が減っていくというのです。
再犯の要因の一つに「就労機会の乏しさ」がよくあげられます。これは、再犯の可能性を懸念して雇用主が二の足を踏むからでしょう。もし、訓練により再犯率を低下させられるのであれば、雇用率を上げることも可能なのではないでしょうか。
「出所者の“職の親”になって社会復帰を応援する取り組み」(職親プロジェクト)というものがあります。これは2013年にあのお好み焼きチェーン「千房」の現会長中井政嗣氏が発起人としてスタートしたものです。これまでの雇用者数は延べ806人、参加企業は422社(2024年6月現在)にものぼります。
そのうちの1社に「株式会社栄進」という建設工事会社があります。昨年、現代ビジネスに「『元ヤン美人社長』の『驚きの会社経営』」という記事で紹介された企業です。
債務超過の状態から10億円規模の企業に育てたそのバイタリティもすごいのですが、何よりすごいのは「出所者のほぼ全員が勤め続けている」という就労後の定着率です。
そもそも、どうして受刑者を積極的に雇おうと思ったのか? という質問に対し、三井有紀社長は自身が初めてアルバイトをした時の経験から、以下のように答えています。
「仕事をすればお金がもらえる。コソコソ盗まなくても堂々と買い物ができる。働くって面白いと思ったんです。それに、仕事を始めて『ありがとう、助かるよ』と言われて、感謝されることや自分を必要としてくれる場所ができたことが、とても嬉しかった。ウチの会社で受け入れた人にも、同じ気持ちを味わってほしいと思っています」
一番気になるところは「高い定着率」。秘訣は何なのでしょうか?
まずひとつは、他の社員たちと区別せず、自然体で接するように心がけることだそうです。
そしてもうひとつは、孤立しないよう、ときにはお節介とさえ思われるほど声をかけることだといいます。
実際に接して一緒に働く社員は「殻に籠ってしまわないよう、常に声をかけています。若い人の悩みや愚痴、なんでも聞き出しますよ。鬱陶しいと思われているかもしれないですけどね(笑)社会復帰をして、ゼロからスタートする人を支えるのはもちろん大変です。でも普通の新人を教えるのと変わりませんね」や「褒めてあげることが大事だと思いますね。雇う人には親の気持ちで接していますよ」」と話していました。
三井社長はさらに、求職者側が事前に業務内容をしっかりと調べ、会社のカラーを考えたうえで応募してきていることが出所者の定着率の高さに繋がっていると答えています。
そしてただ雇うだけでなく、社員寮の充実、プライベートの重視、社員の見識を広げて世界観を広げる手助けをするなどの手厚すぎる対応に対して「なぜそこまで?」と聞かれると、三井社長は「クライアントさんはもちろん、会社の社員、そして世の中に貢献することでみんなに利益が生まれると信じています」そして「環境が人を変える。それは、罪を犯すかどうかに関わらず同じなんです」と信念を語っていました。
インタビューを通して、株式会社栄進における出所者の高い定着率の秘訣は数々の取り組みはもちろん、三井社長の”人の可能性を信じている”ことなのではないかと感じます。
【出典】
1.クローズアップ現代“ヤバい・エグい”は危険!?注目される感情リテラシー
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2025145847SA000/?capid=nte001
2.万引きで生計を立てていた」虐待にネグレクト…壮絶人生の「元ヤン美人社長」が「受刑者」を雇い続ける理由 現代ビジネス
https://gendai.media/articles/-/125498?imp=0
3.アルバイトから突然「夫の会社の社長」に就任、その直後に泣く泣く夫に「クビ宣告」…倒産寸前の建設会社を《V字回復》させた「元ヤン美人社長」の「驚きの会社経営」 現代ビジネス
https://gendai.media/articles/-/125500?imp=0
4.「意志があれば人は変われる」元受刑者を雇い続ける栄進社長の育成哲学
ツギノジダイ
https://smbiz.asahi.com/article/15685767