「総務やさん」第1124号

”拙速な読み手”が増える時代に、本質的な対話をどう取り戻すか?

・・・・吉子 泰仁(よしこやすひと)

 皆さん、以下の問題に回答ください。

文章の意味が通る場合は「はい」、通らない場合は「いいえ」

  1. 「窓が大きな声で歌った」
  2. 「飛行機は犬でできている」
  3. 「男性は車を運転してその店へ向かった」
  4. 「六羽の鳥が森の上を飛んでいった」

 いかがですか?
 正解は、1.いいえ 2.いいえ 3.はい 4.はい です。

 この問題、世界的な教育到達度調査(91カ国・地域の15歳約76万人対象)であるPISA2025「読解力」の一部です。
 日本の高校1年生約6500人(183校)の正解率が2018年の92.2%から89.9%に下がったそうです。OECD加盟38カ国に限れば、日本は読解力・数学的リテラシー・科学的リテラシーの3分野すべてで首位となりました。
 一方、参加した91カ国・地域全体で見ると、読解力の平均点順位は前回の3位から4位となっています。

 どう感じられましたでしょうか?

 「この問題で正答率が9割を切るのか」と驚かれた方もいるかもしれません。「おっちょこちょいな人がいるよね」「文章をしっかり読んでいないだけでは」と思った方もいれば、「設問が曖昧だ」「詩的表現なら意味は通る」と感じた方もいるでしょう。
 こうした反応の違い自体が、人によって文章の捉え方や前提が異なることを示しているのかもしれません。

 そもそもPISAの「読解力」はなにを測定しているのか?

 先の問題は、読みの流暢さ(リーディング・フルエンシー)を測るタイプの課題です。文を素早く正確に処理できるかを見ることにより、高度な読解に進む前の段階でつまずいている生徒を把握する狙いがあるそうです。

 2018年から2025年の間に、OECD35か国平均で「正確で流暢な読み手」の割合は7ポイント減り、文を最後まで読まずに急いで当て推量する「拙速な読み手」は6.6%から11.4%へとほぼ倍増しているといいます。

 確かに、スマホやSNSの普及によって、文章を厳密に吟味せず「なんとなくこういう意味だろう」と都合よく脳内補完してスルーする癖(拙速な読み)が蔓延し、それによる勘違いや誤解から生まれるSNS上の炎上も多くみられます。
 一方で、ロジカルシンキング重視が行きすぎると、細かな言葉尻や論理の綻びを見つけては「ここが間違っている」と声高に指摘することが目的になり、議論が生産的でなくなるのも“あるある”でしょう。

 現在15歳の高校生が成長し、企業組織で仕事をする頃には、AIが職場環境をどう変えているのか想像がつかないというのが正直な気持ちではあります。
ただ、「読解力」の低下は、共に働くなかで建設的で本質的な議論を妨げる可能性も考えられます。SF的な話ですが、もしかすると未来ではリアルな対話を捨て、個人が個別AI(アバター)を通じて会話するような環境が普通になっているかもしれません。

 では、今、対話で何が必要になるのでしょうか?

 発信する側としては、主語・述語・前提を明確にする、つまり言葉の解像度を上げることが大切です。
 言葉足らずな会話は、メンバーの「勝手な文脈補完」を誘発する最大の原因です。「誰が、何を、どういう目的で、どのレベルまでやるのか」という論理的整合性のとれたアウトプットが必須でしょう。
 逆に受信する側は、勝手に脳内補完せず立ち止まって考える、つまり事実を検証することが重要となります。
 提示された情報や指示に対して、脊髄反射で反応するのではなく、「今、前提として何が欠けているか」「本当にこの論理が成立しているか」をフラットに問う力を常に養うことが求められているということでしょう。

 組織や職場にこうした文化を醸成するのは、マネジメントの重要な役目ですが、結局、読解力とは「提示された言葉や情報をフラットに受け止め、論理と事実の整合性を冷静に見極めた上で、お互いの認識のズレを率直に話し合う」
ための土台です。本質的な対話は、その土台の上にしか成り立たないのだと思います。

 "拙速な読み手"が増える時代だからこそ、本質的な対話の価値は、これまで以上に高まっているのかもしれません。

【参考】
1.Yahoo!ニュース 「飛行機は犬でできている」すら解けない異変 …子どもの“読解力低下”を招くスマホ動画と文科省の迷走(女性自身)
https://news.yahoo.co.jp/articles/01c79427f55ce9272acd1390aa7c77c7b6be3957

2.OECD|出版物|PISA 2025評価および分析フレームワークPISA 2025 Assessment and Analytical Framework
https://doi.org/10.1787/86c36975-en